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「はい・・・丸和商事です。」
いつものように外線にでる。でも様子が少しおかしい。
「川嶋さん。いる?」
「えっ・・・はい・・・川嶋は外交中です・・・」
声で先輩のお客様だってわかる。確か、前田様・・・先輩の大きな顧客の一人だ。
「困ったな。事務所の改装なんだが・・・・」
「あの・・・・私・・・川嶋の部下で伊本っていいます。」
「伊本さん?」
「はい・・・・私でよければかわりに・・・・」
先輩の助けになろうと必死な私。
「壁紙の色が打ち合わせと違うんだがどうなってるんだ!!」
明らかに怒気を含んだ声に私はすくみあがる。
「えっ・・・はい・・・今調べます・・・前田様ですね・・・」
パソコンを叩いて、見積もりと発注を出して比べる。なかなか出てこない画面と砂時計に苛立ちながら。そして、画面にそれが表示されるあっ!!私は氷つく。見積もりと発注の壁紙が違っている。たしか・・・これを発注したのは私。どうしよう。
「あ・・・あの・・・・」
「どうしたのか聞いてるんだ!!」
「あの・・・間違ってます・・・私・・・・」
「どうするんだ。改装は明日までだぞ。どうしてくれるんだ。」
「すみません・・・わたし・・・まちがって・・・」
私の声は泣き声に近くなっている。
「あやまってすむ問題じゃない!!もういい!!とにかく川嶋さんから連絡させてくれ!!」
電話が一方的に切られる・・・私はどうしていいかわからずにツーツーという電話の音を潤んだ瞳でずっと聞いていた・・・。
「ごめんなさい・・・クスン・・・」
「どうするんだ。前田様はうちにとって大口だぞ!!」
植村課長が震える私に向かって怒声を飛ばす。もう、死にたいくらい。いつも人の失敗を怒るだけ、そして川嶋先輩に後始末を押し付けるのだ。でも、ミスしたのは私。怒られても仕方ない。もう、顔は涙でグチャグチャになっていた。
「あの・・課長。どうするかが重要なんじゃないですか。私が先方と話をしてみます。チェックしなかったのは私のミスですから・・・」
川嶋先輩が冷静に言う。私は少し顔を上げて、横目で先輩を見る。涙で曇った視界でも、先輩の顔が少し引きつってるのがわかる。でも、先輩は私を見て大丈夫っていうように微笑む。やっぱ、先輩ってすごい。
「そ・・そうだな。先方も君から連絡をするように言ってるし・・・とりあえず君がなんとかしてくれたまえ。」
植村課長は先輩から怯んだように目をそらし、私をにらみつけた。
長い電話・・・先輩はずっと頭を下げっぱなし・・・ごめんなさい・・・私も全然仕事が手につかない。
「えっ・・・」
「それは・・・・あの・・・他のことなら・・・」
急に先輩の声のトーンが下がる。
「えぇ・・・ダメですか・・・あの・・・絶対に・・・」
「わかりました・・・一度話してみます・・・」
先輩が電話を置く。そして、ため息をついた。それから私を見る。
「有里・・・ちょっと話があるの」
「はい・・・・」
「ここじゃなんだから・・・あっちで・・・」
先輩はブースを指差す。そして・・・立ち上がってそっちに歩き出した。
私はその後を頭を落としてついて行った。
ブースにつくと先輩が私を見る。
「あの・・・前田さまがね・・・許してくれるそうだけど・・・謝りにくるようにって・・・」
「はい・・・ごめんなさい・・・」
私の頬を涙が伝う。もう化粧はグチャグチャになってる。
「それでね・・・そのとき・・・有里を連れてくるようにって・・・前田様が自ら説教してやるって・・・」
「はい・・・」
私は顔を上げる。先輩の顔を見る。先輩はやさしく微笑む。
「うん・・・大丈夫だから・・・いやなら断るけど・・・」
「あ・・・わたし行きます。」
「ごめんねっ・・・本当は断るべきなんだけど・・・有里も勉強になると思うし・・・」
「先輩・・・ミスしたのわたしなんだから・・・・」
「じゃあ・・・明日の夕方に行くから・・・いつもみたいにジーンズじゃだめだよ・・・ちゃんとスーツ着てきて・・・」
「はい・・・先輩。」
私の顔に生気が戻る。
「それから・・・その後飲みにいこうか。」
先輩の満面の微笑み。まぶしいくらいに感じる。
「うん・・・先輩・・・」
私はいつもどおりの元気な声を出した。でも、電話の時の先輩の陰のある表情に違和感を感じたのは確かだった。
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